読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

りかるどの憂鬱

ただの雑記的メモ

あれからの私のやり方

あの時から少しだけ年月が過ぎた

自分の生活や精神的なことも含めて精一杯で

表立った支援活動はしてこなかった。

 

やるつもりで準備はしていたが寄付という形に切り替え

釜石についての発言も一切しなくなった。

 

地元が嫌いだからではない

家族との繋がりが薄いからでもない

 

私の発言に唐突に絡んできた釜石在住の方

このたった一人のやり方を見てそう切り替えた。

 

言葉を改変して取り違え文句を言う

引用した文章などを使って説明したりと面倒でもあったが

何よりその人の立場からの発言が今でも私が納得できていない。

 

地元に今も生活する人

地元を離れて生活する人

 

勿論大変さは違うだろう

復興、元通りとはいかないけれど

普通に生活できるようにと思う気持ちは変わらないと思う

 

私の実家は、海沿いだったので

現在何も無い

全くなにも残っていない ただの更地だ。

確定情報ではないが もう同じ場所に家を建てることはできないだろう

ほぼ決まったという話が聞こえてくる

 

もう帰る場所はないのだ。

それでもいいと思ってる

それなりに生きていれば親は先に逝く

思い出が残ればいい

だが、その思い出の場所もほぼ残っていない

それでも生まれ育った町への思いはある

 

誰にもぶつけることの出来ない怒りを私にぶつけたのかもしれない

顔も本名も全て調べれば簡単にわかる状態でやったあの方は

ある意味とても兵だと思う。

 

私は怖くて個人情報を晒すことは難しい

震災直後に少し出したが削除をした。

もちろん、全て消えているとは思ってない。

 

これからも、地元釜石に対する発言は

何かの節目のときくらいしかしないだろう

表立った支援もしないだろう

遠く離れて生活をする私には、今彼らが何を必要としているかは分らない

個人的に連絡を取っている方なら聞けばわかるが

大多数の人のことは分らない

 

だから、これからも”何か”を必要としたときに

それを手に入れられるよう

僅かな金額かもしれないが、寄付だけは続けていくつもりだ。

 

このような考えに納得できなく憤りを感じる人もいると思う。

でも、私にもどうしようもないのだ。

 

張り詰めていた細い糸を何も確かめもせずに断ち切った

相手の背景も知らずに発言をする

 

あぁ、私って大人気ないなと思う

だけど、それを切られたらもうどうしようもなかった

またその糸を結び直す気力も出なかった。

 

○○したい という希望から ○○しなくちゃいけない

自発的なものから義務感に感情が変わってしまったようだ。

 

それでも

そんなちっぽけな義務感でもこれからも続けていくことには変わりない。

 

直後→その後の実家付近 

f:id:tataru:20130310140304j:plain